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技術情報   -Technical Information

長鎖アルキル基C30カラム

㈱クロマニックテクノロジーズ 長江徳和


【はじめに】

逆相HPLCにおいては、長さの異なるアルキル基や、π-π相互作用の大きなフェニル基を結合したものなど多種多彩な固定相が使用されている。 数ある固定相のうち、最も多用されているものはオクタデシル基を結合したC18 (ODS) 固定相であり、現時点では逆相HPLC固定相の主流となっている。 一方、C18よりも長鎖のアルキル基を結合した固定相についても種々研究が行われ、トリアコンチル基を結合したC30固定相が10年ほど前に市販された。 現在は数社から販売されており、分析対象物によりC18固定相と使い分けがされるようになってきている。初期に米国で販売されたC30固定相は、 “Carotenoid column” と命名され、その名のとおり、カロテンなどのカロチノイド類の分離に有効な固定相としてC18固定相を超える分離を示した。 しかしながら、C30固定相は汎用カラムとして認知されていたわけではなく、 Matthew Przybyciel and Ronald E. Majors (1) の指摘にもあるように、C18固定相において不得意な脂溶性の高い異性体等の分離に威力を発揮するものの、 一般的な逆相モードではピークがブロードになりやすく、使いにくい固定相であると言われていた。

演者は、それまでのC30固定相の評価を覆す、新規なC30固定相を8年前に開発し、商品化している。 演者が開発したC30固定相は、その特長である脂溶性化合物に対する特異性を損なうことなく、C18固定相と同様に汎用性が高く、 かつC18固定相において不得意とされていた水リッチな移動相条件で再現性の高い分離を可能とした。 ここでは、C30固定相の開発並びに他の逆相固定相にはないC30固定相の特徴について報告する。


【C30固定相の開発経緯】

アルキル基結合型逆相固定相において、固定相のアルキル鎖長と保持は比例関係ではないということがBerendesen and de Galan (2), Lochmuller and Wilder (3)、Tchapla et al. (4) らにより、20年以上も前に報告されている。 炭素数20までのアルキル基結合型逆相固定相では炭素数の増加にともない保持は増加するが、炭素数20以上になると保持の増加はほとんどなく、 ほぼ一定になると理解されていた。1994年に、ポリメリック結合でリガンドの結合密度を上げ、エンドキャッピング処理をせず、 あえてシラノール基を残したC30固定相が、カロチノイド異性体の分離に優れているとの報告がなされた (5)。 その後、この報告に基づくC30固定相が米国から市販され、逆相固定相の一員に加えられた。 このC30固定相はカロチノイド異性体分離に特化した固定相であり、残存シラノール基処理をしていないため、塩基性化合物は極端なテーリングを示し、 またポリメリック結合に基づく極度な疎水性と分厚い固定相の厚さのためにポリマーライクであり、 水系の移動相条件ではシャープなピークが得られにくかった。

Wise et al. (6) は、アルキル鎖長と多環芳香属炭化水素 (PAHs) の分離選択性について詳細に報告している。 Tetrabenzenenaphthalene (TBN)とBenzo(a)pyrene (BaP) の分離係数α(TBN/BaP) (立体選択性) を、 ポリメリックおよびモノメリック型のC8からC30までの固定相を用いて比較 (Table 1) している。Figure 3に示すように、 C18固定相はモノメリックとポリメリックの差が最も大きいが、なんとC8およびC30固定相はアルキル基の結合密度が2倍近く異なるにも関わらず、 モノメリックとポリメリック型で同じ値を示した。

C30_table1
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このことは、C8およびC30固定相は結合密度が異なっていても立体的な認識性は同じということとなる。 一方、演者は通常のモノメリック型C18固定相と同程度の炭素含有量のC30固定相、 つまり結合密度がC18固定相の6割程度のC30固定相はC18固定相と立体選択性は異なるものの、 水と有機溶媒の混合液を移動相として用いる低分子の分離はほとんど差のないことを報告 (7) している。 これら2つの知見を基に、アルキル基の結合密度を下げ、一般的なC18固定相と同等の炭素含有量を有し、 かつエンドキャピングを施すことで、C18固定相の汎用性を備え、高い立体認識性を有し異性体の分離に適したC30固定相を開発するに至った。


【C30固定相の分離特性】

1) モノメリック型C30固定相はC18固定相と同様に汎用性が高い

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Wise et al. (6) によるFigure 3の結果はTBNとBaPの分離係数で表される立体選択性 (Steric factor) は C18固定相ではアルキル基の結合密度のブレに非常に敏感なのに対し、C8固定相やC30固定相では結合密度に全く依存していないことを示している。

換言すれば、C18固定相では結合密度が少しずれても分離に大きく影響してバッチ間差が大きくなるが、 C8およびC30固定相は結合密度の差によるバッチ間差が少なくなることになる。更にWiseら(8) は 小角度中性子散乱法によりメタノールで分散された固定相の厚みを測定した。

100 nmの細孔径を持つシリカゲルに種々のアルキル基をモノメリック型で最大限に結合させている。 この結果では、アルキル鎖長の長いC30固定相でも立体障害が少なく、C30固定相でもC18固定相と同等の結合密度であった。 Table 2にその結果を示す。モノメリックC8, C18およびC30固定相の厚みの平均値は、 それぞれのアルキル基が全てトランス状態で存在している場合の固定相の厚みの約6割であった。 この結果は、メタノール移動相中であっても、モノメリックのC8以上のアルキル基は折れ曲がっていることを示唆している。 演者らの水移動相での逆相カラムの保持挙動の報告 (9) で用いたC18固定相とC30固定相は同じ13.5 nmの細孔径のシリカゲルに結合させており、 C18固定相はモノメリックでは最高に近い3.2 mmol/m2の結合密度で18.4%の炭素含有量、 一方C30固定相はアルキル鎖長 (約4 nm) が長く立体障害が起こるため、結合密度は1.8 mol/m2と低いが、 炭素含有量はC18とほぼ同等の18.0%であった。アルキル基結合後の充填剤の平均細孔径はC18およびC30両固定相とも10.4 nmであり、 シリカ基材の13.5 nmから3.1 nm減少しており、固定相の厚みの平均値は両固定相とも1.55 nmであった。 この時の測定条件は乾燥状態、-196 ºCであったが、C18固定相厚さの平均値はWiseらの結果とほぼ一致している。 C30固定相の厚さの平均値も炭素量が同じであればC18固定相と同じであり、炭素量が固定相の厚みに関わっているものと考えられる。 これらのことから、メタノール/水移動相中ではC18固定相でもC30固定相でもアルキル基は折れ曲がっており、 炭素含有量が同じであれば同じ厚みの固定相であると推察される。 モノメリック型C30固定相がメタノール/水移動相中でC18固定相と同様にシャープなピークで同等の分離ができる理由としては、 アルキル基の折れ曲りにより、実質的な固定相の厚みが同じであるためと考えられる。右図はトコフェロールを資料とした時の比較例である。 メタノール/水移動相においてモノメリック型C30固定相は一般的なモノメリック型C18固定相と同等の理論段数を示しているが、 ポリメリック型C30固定相ではピークがブロードでテーリングである。

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2) C18固定相にはないC30固定相固有の特徴的な分離

C30固定相はカロチノイド分離用に開発された経緯から分かるように、脂溶性化合物の分離に優れている。 分子サイズが大きい化合物に対し、C30固定相はC18固定相と比較して分離が改善される傾向にある。 カロテンのような分子サイズの大きな脂溶性化合物だけでなく、糖が付加して分子サイズが大きくなったような 比較的極性の高い配糖体でもC30固定相で分離が改善される。これはアルキル基全体が溶質との相互作用に関わっており、 その長さが分離や選択性に大きく影響しているものと推察される。また、メタノール溶液中においてモノメリック型C30固定相が真っ直ぐに立っておらず、 絡み合い、寝込んで、その平均厚さが約6割になっているとのWiseらの報告から、 メタノール/水移動相条件ではアルキル鎖長の長い固定相ほど細孔内の固定相の表面の平滑性が増し、 その結果、分子サイズの大きな試料や平面性の高い試料の相互作用が増加すると考えることもできる。 逆に、分子サイズの小さい化合物の多くはC30固定相とC18固定相で大差ない分離が得られている。 トコフェロールはサイズの観点からもC30固定相の方が分離は良くなり、メチル基の結合部位の異なる異性体であるβ-、γ-トコフェロールは C18固定相では分離できないが、C30固定相であれば、モノメリック型でもポリメリック型でも分離可能である。

もう一つのC18固定相にないC30固定相の大きな特徴は、水リッチな移動相で保持時間の安定した分離が得られることである。 従来、C8やC18等のアルキル基結合型逆相固定相は、水を95%以上含む移動相条件では保持時間の再現性が低いとされている。 これはアルキル基がお互いに絡み合うことや、この絡み合いから基材表面に寝込むこと等による固定相と溶質との相互作用の減少が 主な原因だと多数の研究者から報告されてきた。大学院の講義でも取り上げられる位、この事柄は常識的に語られていた。 しかし、水を含む移動相条件下でも十分な分離性能が得られる様に設計されたC30固定相は、 少なくとも5%以上の有機溶媒を含む移動相でC18固定相と同様に問題なく使用できると意図していたが、 その範囲以上に水100%の移動相でも保持の変化がなく安定した分離が得られる固定相であった。 C30固定相のアルキル基は長いため、C18固定相と比べて、絡み合いや寝込み状態は間違いなく多数存在しているはずである。 にも関わらずC30固定相が安定した保持を示すという事実から、それまでの常識を疑い、充填剤細孔内から毛管作用により移動相が抜け出し、 移動相と固定相の接触面積が減少することによって保持が減少することを突き止めるに至った (9-13)。 Figure 4はMajors (14) によりLC/GCに紹介されたC30固定相を用いた9種のヌクレオチドのクロマトグラムである。 移動相は有機溶媒を含まない緩衝液のみである。

このようにC30固定相は、モノメリック結合で、エンドキャッピングを施せば、C18固定相よりも安定した保持が得られ、 使用可能な移動相範囲も拡がるため、結果としてその汎用性を高めることが可能となる。

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  • 1) M. Przybyciel and R. E. Majors, LC•GC 20(6), 516-523 (2002).
  • 2) G.E. Berendesen and L. de Galan, J. Chromatogr. 196, 21-37 (1980).
  • 3) C. H. Lochmuller and D. R. Wilder, J. Chromatogr. Sci. 17, 574-579 (1979).
  • 4) A. Tchapla, H. Colin and G. Guiochon, J. Chromatogr. 56, 621-625 (1984).
  • 5) L. C. Sander, K. E. Sharpless, N. E. Craft, and S. A. Wise, Anal. Chem.
  • 66, 1667-1674 (1994).
  • 6) L. C. Sander and S. A. Wise, Anal. Chem. 59, 2309-2313 (1987).
  • 7) N. Nagae, T. Takeuchi and D. Ishii, Chromatography, 14, 19R (1993).
  • 8) L. C. Sander, C. J. Glinka and S. A. Wise, Anal. Chem. 62, 1099-1101 (1990).
  • 9) N. Nagae and T. Enami, Bunseki Kagaku 49, 887-893 (2000).
  • 10) T. Enami and N. Nagae, Chromatography, 22, 33-39 (2001).
  • 11) N. Nagae, T. Enami and S. Doshi, LC•GC 20(10), 964-972 (2002).
  • 12) T. Enami and N. Nagae, American Laboratory October 20-24 (2004).
  • 13) T. Enami and N. Nagae, Bunseki Kagaku, 53, 1309-1313 (2004).
  • 14) R. E. Majors and M. Przybyciel, LC•GC Eur. 15(12), 2-7 (2002).